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自分にやさしくなれると他人にやさしくなれる

2018/06/17
 
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 私は愛知県在住の小説家志望の浅岡家山といいます! 四十代の男です。  このブログでは、皆様に役立つ知恵を、色々な形で発信していきます。
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こんにちは。浅岡です。

「自分の容姿が醜くて嫌い」とか、

「自分が弱くて嫌い」とか、

「勉強のできない自分が嫌い」とか、

色々な理由で、自分の事を嫌う人っていますよね。そういう人は自分に厳しく他人にも厳しかったりします。

自分にやさしくないから他人にもやさしくないわけです。他人から自分の頭を撫でられたことがないから他人の頭を撫でることを知らないわけです。

じゃあ、どうしたら自分にやさしくなれるか? 今日はそれについてお話ししましょう。

ブログを読むのが億劫な人は動画をどうぞ。内容はブログと同じです。

自分を労れない人は他人を労ることができない

私は、自分を労れない人というのは育った家庭環境に問題があったからだと思うんですよ。労ることを知らない、経験したことがない、やさしくされたことがない。だから労ることってどんなことかわからない。よって労れないわけです。

これは学校教育にも問題があると思うんです。学校教育では、頭の良い子が優秀な子。脚が早くてスポーツが得意な子が優秀な子。真面目で先生の言うことを素直に聞く子が優秀な子。つまり、やさしい心を持っていても優秀とは見なされないわけです。やさしさは点数になりません。だから、頭の良い子ほど、やさしさではなく学校の成績やスポーツや聞き分けの良い子を演じるでしょう。そういう歪んだ競争社会が学校教育に存在しています。

さらに、もっと悪いことは優秀だと認められる子供たちが、悪いことをしても、お咎めがないことがありました。勉強のできる先生のお気に入りの子供ほど、悪いことをしても注意されず、弱かったりやさしいなどの先生の気に入らない子供は、難癖をつけて罵倒されていました。不公平があからさまに存在しています。

競争が全てみたいになっているわけです。

自分を認めることから始めよう

では、どうしたら自分にやさしくなれるかというと、まず、自分を認めることでしょうね。自分はこういうところが他人よりも至らないとか、自分にはこういう欠点があるとか、自問自答するのがいいでしょう。自分がやさしくないのは何故なのだろうか? どうしたら自分は自分にやさしくなれるのだろうか? そもそも自分はやさしいのだろうか?

そうやって自分のネガティブな部分に光を当てるのと見えてくるものがあります。ただ、この行動はけっこう辛さをもたらします。今の自分を否定しますからね。だから無意識に避けてしまって、変化できずに、結局、やさしくなれないままだったりします。

では、どうしたら自分を認められるか? 変わっていけるか? それは余命を宣告されたと考えるといいでしょう。

たとえば体調が悪いので医者に行ったら末期癌で余命はあと一ヶ月だと宣告されたとします。もう気が気ではいられなくなり、将来のことなんてどうでもよくなり、今、したいことだけをするようになると思うんですよ。あと一ヶ月しか生きられない。死から逃げられない。なら逃げることを諦めて自分の非を認めていくと思います。自分の人生を振り返って、こういうところが良くなかった、ああいうことから逃げてしまっていたと、自分を受け入れようとしますよね。もう逃げられないわけだから自分の死を、人生を、性格を、容姿を、悪いところを受け入れるしかない。すると、光明が見えてきて、自分を認めて、最後は自分のしたいことをするでしょう。やさしさがないのなら、やさしさを受け入れる。自分の死を一緒に受け入れてくれるやさしい人を求める。すると、やさしさを体験できます。

自分を認めると相手も認めてくれる

自分を受け入れることができると他人も受け入れることができます。自分の悪いところを認めることは他人の悪いところも認めることにつながります。だから攻撃性が減り、あるがままを受け入れるようになります。すると、他人から認められることになり、そういう人たちが集まってきます。自己肯定をしている人たちが集まってきます。

私はコンビニで働いていた頃、新人いびりをするお客さんがいたんです。毎週、土曜日の深夜に、酒臭い息をしながら車でやってきます。そして、声が小さいとか、温めが弱いとか、八つ当たりのように注意をしてきます。バイトの間でも嫌われているお客さんでした。

そのお客さんは、自分の言うとおりしないといつまでも帰らないんです。十分でも二十分でもレジから離れず、ずっと文句を言います。私は早く終るように願うばかりでした。でもなかなか帰らないわけです。そして、毎週土曜日の深夜に来るわけです。私は憂鬱になって土曜日が来なければいいと思い、ノイローゼのようになりました。

どうしたらいいか悩みました。もう土曜日になったらそのお客さんがくる。逃げられない。苦しみのなかで、なら、そのお客さんのことを肯定しようと思いました。そのお客さんが望む店員になればいいと思いました。

たとえば声が小さいと言われたので、大きな声を出すようにする。いつも新しいお客さんが入口から入ってくると、大きな声を意識して挨拶をする。レジでも相手に伝わるように声を出す。そういう風に態度を変えたら、なんと、そのお客さんは来なくなりました。そして、二度と会うことはありませんでした。

これはたまたまなのかもしれません。ただ、私が変わったことで他人も変わったのだと思っています。その人の要望やその人を認めたことで、他人から認められたのではないでしょうか。

やさしさの連鎖が起きる

こうやって他人を認めて自分を認めると、やさしさの連鎖がおきます。

やさしさの連鎖とは、たとえが悪いかもしれませんが、これはペットを飼うのと似ていますね。人はペットをたくさん愛しますよね。ご飯の用意をし、トイレを掃除して、世話をします。それは可愛いからです。ペットに癒されます。そして、ペットはそういう世話を焼いてくれる人を認知していて、世話した分だけこちらに愛を返してくれます。やさしくすればするだけやさしくしてくれる。やさしさの連鎖が起きるんですよね。

私は猫を飼っているのですが、とても可愛いです。そこにはネガティブな気持はありません。たとえ便の処理をするにしても、可愛いので苦にならないです。臭いなと思いながら、しかたないな~、もう、とか思いながら甲斐甲斐しくトイレの掃除をするわけです(笑) 愛がなければできないことですよね。猫の全てを肯定して、全てを受け入れているわけです。そこには感謝の心があります。この家に来てくれてありがとう。この家のペットになってくれてありがとう。私と出会ってくれてありがとう。そういう気持が根底にあって、いつまでも長生きして欲しいと思っています。

ペットを愛するように自分を愛しましょう。他人を愛しましょう。すると自分も他人もペットも幸せになっていけるかなと思います。

そんな感じで、自分を認めることと他人を認めることは同じことだと思いますね。きっと鏡のような関係なのでしょうね。

まとめ

やさしい人間になりたければ自分がやさしい行動ができるように自分を矯正することです。トラウマなどがあってネガティブな心情になるかもしれません。死んだ方が楽なんじゃないかと思うかもしれません。でも自分を受け入れ、乗り越えようと新しい行動をとると、新しい生き方ができるようになると。実際、私はそうやって過去の自分と和解できましたね。

誰でも苦手なものがあるものです。でも、そこから逃げずに戦うことで道は開きます。大切なことは勇気です。

今日は、自分に優しくなれると他人に優しくなれるというお話をしました。

今日はここまで!

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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